岡山県の銀山街道

 
銀山街道とは?
  

 

●笠岡ルートはあったのか?
 これまで、銀山街道は、広島県の吉舎から尾道へ向かう尾道道とは別に、吉舎から上下(じょうげ)、府中、神辺(かんなべ)、笠岡に向かう笠岡ルートがあったのではないかと言われてきました。その根拠になっていたのが、上下には陣屋があり、銀山領内の年貢銀の一部が上下の陣屋に集められ、周辺の年貢銀といっしょに大阪御銀蔵へと上納されたこと、また笠岡には大森天領の代官だった井戸平左衛門の墓がある威徳寺があること、さらに笠岡市には「銀山」という地名があることなどですが、今回の取材中に新事実が発見されました。
 吉舎から上下、神辺を通って行った銀は、実は笠岡市の北にある井原市を通って、陸路大阪まで運ばれたのではないかという古文書が見つかったのです。とすると、笠岡には井戸平左衛門の墓はあるものの、実は銀の輸送路ではなかった可能性が高くなってきました。